修行と人生

合気道を始めるということは、無我夢中でやるということでしょうか。
修行とはそんなもののような気がします。

私の場合は、父が偉大であったこと、また後を継ぐという使命感から哲学を持って頑張っています。
どんなことがあっても、ひたすら1つのことに邁進するのみで、単純な事のような気もします。
しかし、いろいろな環境、誹謗中傷などで挫折し道を曲げてしまうこともあります。
曲げても挫けない心が、蓄積していって哲学ができ、これだけは譲れない不動の心という哲学が出てくるのではないでしょうか?

最近、死は突然やってくるということを経験しました。
さっきまで話をしていた人が、突然(病の為)一時間後に亡くなってしまいました。
若いのに、少し前までこの世にいた人が、あの世という果てしない遠いところに行ってしまったのです。
本当に突然の事で、現実に起こっているという実感がなく、茫然としました。
とても悲しい出来事でしたが、人は永遠に生きられないという事、いつ誰の身に起こるかも分からない、という事をまざまざと感じました。
人として生まれた以上は、先の分からない人生をしっかり生きるということに改めて気付かされました。

最近は、初めてトルコ共和国のイズミルという所へ行きセミナーを行いました。
想像してるだけでは駄目で、その国のその場所へ実際に行って良い経験ができます。
トルコの支部長に会い、国や現地のテレビに出たり、新聞にも掲載され、素晴らしい経験ができました。

合気道の力で世界中のいろいろな人に会えるということを実感し、合気道をやっていて良かったなと思うと同時に、生きる喜びを味わってきました。

人生は未来に向かって常にプラス思考で生きることです。
たとえ辛いことが起きても、それをプラスに変えることが生きる醍醐味のような気がします。

そのためには、大いにその人なりの修行をすることです。
プラス思考であれば、きっと良いことへつながって行くと思っています。